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・和食器の歴史を学んでさらに和食器を楽しむ

日本の焼き物の歴史はとても古く、世界でも最も長い歴史をもっているとも言われています。
たとえば土器では約1万2000年前の世界最古のものかもしれないとされている土器が見つかっています。
しかしそれ以降の日本の焼きものは中国・朝鮮の影響が強くなっていきました。

和食器の起源は592年の飛鳥時代までさかのぼります。朝鮮からろくろの技術と窯が伝わり、轆轤というものでたくさんの形の焼きものが作られます。窯が伝わったために、1000度以上で高温焼成ができるようになって、須恵器のように、水漏れがなく壊れにくいという陶器が焼けるようになりました。

この時代に須恵器に釉薬を付けて焼いた「陶器」という焼物が作られるようになりました。この陶器は高級なもので、庶民は素焼きの器を使っていました。

794年からの平安時代になると、陶器の生産量が増えて普及化していきましたが、やはり貴族が使用する高価な食器で、庶民では素焼きのものが使われていました。また、平安時代では備前焼や漆器が伝わったてきました。

備前焼というのは高音で焼き締めた、うわぐすりを使わない陶器のことで、岡山県の備前市が産地になります。

1192年の鎌倉時代ではよい窯が作られていき、各地方で焼物が作られるようになっていきます。備前焼が発展して、信楽焼きや瀬戸焼が生まれました。

信楽焼とは「しがらきやき」といって、滋賀県甲賀氏の信楽で主に作られてきた焼き物で、有名なのは和食などの食べ物屋の前などにも飾られていることがある「たぬきの置物」です。あの食べ物屋のたぬきの置物はすごく大きいものもありますよね。なので信楽焼というのは大物作りに適しているとされています。

瀬戸焼というのは「せとやき」と読んで、愛知県瀬戸市が産地の、瀬戸物という、陶器の代表になるくらいに流通していく焼物のことです。

また、鎌倉時代~室町時代では「茶の湯」文化が発達するようになるので、器である陶器も注目され、大名たちに中国の唐物茶碗が人気となりました。

1568年の安土桃山時代では、その茶人である千利休が日本独自の焼物の作成を指導していきました。